【第33回防府読売マラソン完走記】2002.12.15
【少しの工夫と、少しの努力と】 | ||||||||||||||||||
最近のフルマラソン結果は、2時間40分切りに挑戦するも果たせず、40分台後 半、という膠着状態がやや目立っていた。やはり、月間250kmそこそこの練習 量で40分を切ろうというのはおこがましいのだろうか。何か一工夫加えてこの 膠着状態を打破する必要に迫られていた。 | ||||||||||||||||||
一つ思い当たることがあった。私はこれまで、レース前に特段の食事制限など はしていなかった。周りでは結構気を使っているランナーの話を耳にしたが、 すでに十分体重は絞られているのであり、そこまですることはない、と私は 思っていた。 | ||||||||||||||||||
でも、である。俗に体重を1kg減らすと、フルでは3分ほどの記録向上の効果に 相当する、と聞いたことがある。もしベストと思っている今の状態よりもさら に1kg軽量化でき、自己ベストから3分短縮となれば、40分を切れるのではない か。単純にそうは行かないだろうが、これは練習量にかかわらずできることな ので、試してみて損はないのではないか。 | ||||||||||||||||||
そこでごく簡単ながら食事に気を使った生活を心掛けた。中身はごく単純で、 夕食の炭水化物を減らすこと、ただそれだけであった。 | ||||||||||||||||||
それまでの食生活と言えば、勤務終了後、練習を行い、帰宅して、ああお腹が 減ったとばかりにご飯をいっぱい食べて満腹満足、という内容であった。ラン ニングの成果で基礎代謝量が多いおかげで、それで太ることはなかったが、体 重は59kg台を中心に推移、油断すれば60kg超という状況であった。 | ||||||||||||||||||
夕食は摂る。しかし、ご飯の量は半分に減らす、あるいはおかずだけでご飯は 食べない。こういった食生活を2週間前から始めた。日中空腹でかなりつらい こともあったが、おかげでレース直前、体重は57kg台まで減少した。 | ||||||||||||||||||
レース2日前の金曜日の夕食から、この制限をついに解除。思う存分ご飯を食 べた。カーボローディングの開始である。満たされたお腹から、体中にエネル ギーが蓄積される、そんな感触だった。 | ||||||||||||||||||
ちなみに、禁酒はしなかった。というのも、今まで自己ベストが出たケースで は、むしろレース前も普通に酒を飲み、リラックスできていたという状態がほ とんどであり、下手に禁酒してストレスを溜めるのは逆効果と判断したからで ある。もちろん暴飲は控えた。 | ||||||||||||||||||
練習量も、僅かながら増やした。それまで月間250kmすら達しない月もあった が、11月は300kmを超えた。それも、今までは平日昼休みに3〜4kmせこせこと 走った分もカウントしていたが、短すぎて練習としては意味が薄いと思い、昼 休みランを廃止、勤務後に10km以上、それもスピード練習やペース走など内容 の濃いものをこなすよう心掛けた。 | ||||||||||||||||||
基礎体力も、見直した。サブスリー・50分切りがいつでも出せるようになって から、正直慢心して怠っていた面があったのだが、思い直して腹筋、背筋、腕 立て伏せをまたやり始めた。それも、少しやり方を変えてみた。 | ||||||||||||||||||
マラソンでは、短距離のような瞬発系の筋はさほど要らないはずだ。とすれば、 これらの補強運動も、ゆっくりと時間をかけて行った方が、持久系の能力向上 に役立つのではないか。例えば、腕立て伏せでも、1回の上げ・下ろしにそれ ぞれ5秒ずつかけて行ってみた。素早く動作するよりも、大変だ。回数もたく さんはこなせないが、その方が効果が出ているような気がした。 | ||||||||||||||||||
【可もなく、不可もなく】 | ||||||||||||||||||
こうしてレース本番を迎えた。実業団選手のような厳密なピーキングなどとて もできないので、今がピークなのかどうかはわからなかったが、少なくとも悪 い感じはしなかった。これまで全く風邪を引かなかったのは幸いであった。 | ||||||||||||||||||
レース3日前の木曜日、最後のスピード練習としてキロ3分45秒のペース走を6 km程行った。ほぼイメージ通り走れて、しかも思ったより2〜3秒速かったの で、期待が高まった。これは2年前の防府の時と同じ状況だったからである。 | ||||||||||||||||||
あのときは、キロ4分を基本としつつも、実際はキロ3分55秒できっかりイーブ ンで走りきったため、大躍進につながった。今回もそうなってくれればいいの だが。 | ||||||||||||||||||
レース前日の土曜日に防府入りし、開会式を見て、買い物を済ませた後、ひと りぶらぶらと防府天満宮へ向かった。おみくじを引いてみた。「吉」だった。 | ||||||||||||||||||
実は昨年も同じようにおみくじを引いたが、そのときは「大吉」だった。いた く喜んだものの、実際のレースでは入れ込みすぎて失速、自己ベスト更新はな らなかった。 | ||||||||||||||||||
そうだ、あんまり良すぎてもよくないのだ。可もなく、不可もなく、が結果的 には一番いいのではないだろうか。ちなみに、そのおみくじには、「勝負事は 勝ち」と書かれていた。そのおみくじを境内に強く結びつけた。 | ||||||||||||||||||
【本日天気晴朗ナレド波高シ】 | ||||||||||||||||||
レース当日の朝を迎えた。12時スタートの大会は朝がゆったりできていい。 いつものようにTVの子供向け科学番組を見る。番組は一緒だがCMが地方に よって異なるのが何となく面白い。遠征しているのだなと実感する。 | ||||||||||||||||||
ホテルの朝食は、正直言って貧弱であった。洋食を選んだのだが、パンはおか わり出来ないというので、なぜかご飯をおかわりした。まあ、レース前にもっ と補給するのでこの程度でいいだろう。 | ||||||||||||||||||
防府市内は、というよりもこの日は全国的に好天であった。つい数日前まで居 座っていた寒気が去り、移動性高気圧が張り出している最中なので、快晴とな った。朝早くは冷え込むが、日中は気温がやや上がるだろう。昨年に引き続き 好天となったことに感謝した。 | ||||||||||||||||||
私はどちらかといえば暖かい気候の方が走りやすい。実際、シーズンとしては 遅めとなる4月に自己ベスト更新を過去2回達成している。日中の最高気温の予 想は、13℃。申し分ない状況であった。 | ||||||||||||||||||
駅から会場の競技場まで運行される臨時バスも、2人分のシートを占有できた ので荷物も気にならず、ゆったりとした気持ちで会場へ向かうことが出来た。 | ||||||||||||||||||
バスの中から、携帯で自らの掲示板に書き込んだ。 「本日天気晴朗ナレド波高シ」 | ||||||||||||||||||
【「定刻主義」、再び】 | ||||||||||||||||||
会場では、いつも通りの「儀式」を始めた。何度もレース経験を重ねてくる と、いつもやっている装備が抜けると不安で仕方がない。新たな装備で成功し たら、必ず次のレースでも使うので、どんどん増えてしまった。 | ||||||||||||||||||
キネシオテープ、使い捨てソフトコンタクトレンズ、サングラス、首輪、チタ ンテープ…なかには本当に科学的根拠があるのか疑問な装備もあるが、所詮気 休めである。 | ||||||||||||||||||
それよりも科学的・数学的に考えなければならないのがペース配分であった。 2001年の別大で、その当時の実力としてはそれ以上考えられないという絶妙の ペース配分で記録をうち立てて以降、ペース配分には悩まされ続けた。 | ||||||||||||||||||
前半若干の余裕を作り、後半その貯金を薄く伸ばして使ってギリギリのタイム でゴールに飛び込む。そこで考案したのが三段ロケット方式であったが、まだ 一度も打ち上げには成功していなかった。即ち、最初から30kmまでを1時間50 分で走り、30km〜40kmを40分で走り、最後の2.195kmを10分で走る。 | ||||||||||||||||||
しかしながら、これだと第一段ロケットはキロ3:40で走らなければならない。 30kmの自己ベストですら、まだ1時間51分かかっている現状では、オーバーペ ースといわざるを得ない。 | ||||||||||||||||||
一方で、二段目、三段目は、今年4月の長野マラソンで初めて成功した。この ときは第一段(30km)に1時間52分要したため、2分オーバーがそのまま2時間42 分となって現れた。 | ||||||||||||||||||
この2分をどうやって消化するか。そこで考えたのは、最初の30kmをちょっと だけ緩めて1時間51分30秒かかってもよいことにする。はみ出した1分30秒は第 二段で1分、第三段で30秒取り返す。即ち、第一段はキロ3:43、第二段は 3:54、第三段は4:19で走ることになる。 | ||||||||||||||||||
だが、こんな針に糸を通すような芸当が可能なのだろうか。そこでもう一つ考 えたのが、「42ヶ所の小関門、8ヶ所の中関門」を設けることであった。防府 では1kmごとに距離マークがあるので、1kmを3:48以内で走ることを絶対防衛線 (デッドライン)とする。そして5kmごとの通過タイムは必ず19分以内に収め るようにする。 | ||||||||||||||||||
理論的にはこれをこなせば2時間40分(正確には20秒ほどオーバーするが)で ゴールできる。実際は、最初のうちは関門より僅かに早く通過するだろうか ら、そのかすかな貯金を後半の遅れに備え積み立てておく。まさに2年前にキ ロ3:55の設定で行った「定刻主義」の再現であった。 | ||||||||||||||||||
このことを自覚させるため、時計の設定を変えた。今までは、スプリットタイ ムとラップタイムの表示にしていたのを、ラップタイム部分を、減算タイマー に変え、その設定時間を3:48とした。 | ||||||||||||||||||
つまり、ボタンを押すと、通常ののラップ(0秒から増えていく)ではなく、 3:48の表示からカウントダウンしていき、ゼロ、即ち3分48秒経過した時点で アラーム音が鳴り、オーバータイムを表示していくのである。 | ||||||||||||||||||
この場合問題となるのは、今のラップタイムが何分何秒だったのかを、3:48か ら引くなり足すなりしないと出てこないと言う点である。5秒10秒程度なら構 わないだろうが、何十秒もずれた場合に頭の中で計算できるかどうか…。 | ||||||||||||||||||
しかし、ここで思い直した。そもそも何十秒も遅れるような事態が発生したの なら、2時間40分切りなど及びもつかない。そんな状況で正確なラップなど何 の意味があろうか。 | ||||||||||||||||||
ついに、これまでとは異なる時計の設定でレースに臨むことにした。果たして 吉と出るか、凶と出るか。 | ||||||||||||||||||
【結成、別大殴り込み艦隊】 | ||||||||||||||||||
スタート時間が刻々と迫ってくる。皆黙々とウォーミングアップでトラックを 周回しているのを後目に、私はストレッチのみにとどめアップなしにしようか と真剣に考えていた。 | ||||||||||||||||||
というのも、自己ベストである長野マラソンでも、たまたまアップする時間が なかったのが幸いして、序盤オーバーペースになることもなく好結果に結びつ いた印象が強いからである。 | ||||||||||||||||||
ましてや今日のように暖かくなるのが確実であれば、いたずらなウォーミング アップは体力の消耗、オーバーヒートを招くのではないか。ギリギリまで迷っ たあげく、トラック2周、800mだけ走った。 | ||||||||||||||||||
いよいよ12時を回り、競技場に静寂の一瞬が訪れる。心臓はやや鼓動が速かっ たが、気持ちはなぜか恐ろしいほどに落ち着いていた。願いはただ一つ。30km まで設定ペースで運んでくれる適当な集団に会えますように。 | ||||||||||||||||||
平成14年12月15日午後12時2分、ついに運命の号砲が鳴った。歓声と花火の轟 音に包まれながら、競技場を流れるように1周して行く。1周1分30秒、いや ちょっとそれより早いか。ほぼ設定ペースであることを確認して、競技場を後 にした。 | ||||||||||||||||||
程なく、1km地点を通過。というよりも、手元の時計の残りタイムわずかとな ることによって、間もなく距離ポイントということがわかる。案外これは使え るかも知れない。 | ||||||||||||||||||
残り10秒、9、8、7、6、…いま。ラップボタンを押すと、そこには「5秒」の 表示がしばらくとどまっていた。つまりこれは設定の3:48より5秒早い3:43が ラップタイムであったことを示す。いきなりドンピシャの巡航速度だ。 | ||||||||||||||||||
それにしても、まだランナーが大勢いて、集団も何もあったものではなく、た だ流れに合わせて走る状態が続く。 | ||||||||||||||||||
次の2km地点だ。何っ、もう来たのか。あわててラップボタンを押すと、「9 秒」の表示。しまった、3:39か。ちょっと速すぎる。慎重にスロットルを絞 る。あまり神経質に上げ下げすると、かえって疲れてしまうので一発で調整で きることを願う。 | ||||||||||||||||||
3kmはどうか。9、8、7、6、いま。6秒。3:42だ。これでいい。そうか、これは 面白いゲームになるかも知れない。1kmごとにやってくる距離表示を、ちょう ど残りが「5秒」となるように叩いてやればいいのだ。コントローラーは自分 の体。操作は、加速か減速の2つのみ。できればどちらの操作もせずに残り5 秒でボタンを叩けるのが一番美しい、という訳だ。 | ||||||||||||||||||
当初は抜いていくランナーがやや多かったが、ほぼ等速に落ち着いた。頼む、 この集団が命綱だ。何とか30km地点まで楽に運んでいって欲しい。それが「別 大殴り込み艦隊」となるのだ。 | ||||||||||||||||||
5km地点通過。通過タイムは18分30秒。上出来だ。中関門の19分を見事にクリ アし、しかも早すぎることはない。 | ||||||||||||||||||
次は6km。表示は「3」。3:45か。まあいいだろう。そしてここは給水地点だ。 スペシャルは次の11kmからにしたので、ここはゼネラルドリンクの水を取って おこう、と思ったが… | ||||||||||||||||||
「あ、ない!」 給水テーブルはあったのだが、需要に供給が追いつかないらしく、コップが無 かった。しまった。今日のような気温が上がるときは早めに給水が必要なのに …。次は絶対取らねば。 | ||||||||||||||||||
10km通過。37分09秒。これまた絶妙。この先、三田尻大橋でコース中数少ない アップダウンの一つ。周囲のペースがやや鈍る。妙見山モードで前に出てしま いたいところだが、ここは自重して周囲に合わせた。 | ||||||||||||||||||
昨年、こういうところで前に飛び出してしまい、集団のいないスペースにぽっ かりはまってしまった経験があるので、同じ失敗は繰り返すまい。11km通過、 おおやばい。残り0秒、つまり3:48だ。上りだったので仕方ないか。 | ||||||||||||||||||
あやうくアラームを鳴らしてしまうところだった。ここまでの経過は、イメー ジすると下のようになるだろうか。○は制限内通過、−は同着。×は…できれ ば最後まで見たくない。 | ||||||||||||||||||
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コースはJR山陽本線の北側に回り、市内の繁華街をひた走る。沿道の応援が 賑やかだ。ペースは相変わらず絶妙のイーブンが続いている。やがてまたJR を渡る。跨線橋のアップダウンがあり、ついつい前に出そうになるが踏みとど まる。まだここでは集団を出てはならない。 | ||||||||||||||||||
18km付近。前方に見覚えのある姿。変衆長さんだ。共に40分切りが目標だが、
序盤にかなり前の方に抜けていったのを覚えている。ようやく追いついたとい
うわけだ。しかし、イーブンのこの集団に追いつかれるようではまずいのでは
ないか。併走しながら、声を掛けた。 「この集団!この集団が別大です!」 | ||||||||||||||||||
19kmあたりでうずらさん、かのんさん、サケモットさんの応援を受ける。余裕
の敬礼で応える。さらに前方、また見覚えのあるランナー。最近、勤務後の夜
の練習でよく一緒に走っている神山氏。彼もまた40分切り狙いで、スタート前
も一緒に集団で走りましょうよと話をしていたのだった。 「お待たせしました、この集団です、行きましょう!」 | ||||||||||||||||||
自発的に声を出すことで、何か余裕が出てきた。気のせいか、ペースが上がっ たような気がする。その頃、対向車線が慌ただしくなり、いよいよ先頭ラン ナーとのすれ違いが近づいてきた。 | ||||||||||||||||||
![]() それ以降、後続の選手と次々にとすれ違い始める。気合いが入るポイントだ。 やがて、中間点が近づいた。通過タイム、1時間18分33秒。 ううむ、何とも微妙なタイムだ。後半のための余裕を考えれば1時間17分30秒 ほどで通りたいところだが、定刻運行を重視したため、若干遅いような気がす る。残り後半を、1時間21分で走れるのだろうか。ちなみに過去最も速かった 後半は、まさに2年前のこの大会で、1時間22分53秒であった。 | ||||||||||||||||||
ここまでの「関門」突破状況は以下のイメージだ。 | ||||||||||||||||||
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そして22km付近でついに折り返す。昨年このあたりでしげおっちと激しいバト ルを繰り広げていたところだ。そのときは徐々に離されてしまったことが思い 出された。それにしても、今回はしげおっちをはじめ故障等で防府を欠場した ランナーが多くて残念でならなかった。 | ||||||||||||||||||
見知ったランナーと次々にすれ違う。先程の神山氏、変衆長氏は後方となって いた。知らぬ間にこちらのペースが上がっていたのか。そしてやや置いて我が弟、 はやが現れた。すごい!2時間50分を切る位置だ。すぐ後ろにブッちゃん。今日 は背中を見せる気はさらさらない。 | ||||||||||||||||||
向かい側のランナーの密度が増してきて、まこてぃんさん、NAMIさんとすれ違 う。「関門突破!」と声を掛けた。しかし、その後にはもう収容バスが迫って いた。何と、サブスリー級のランナーが最後尾集団として扱われるなんて。 | ||||||||||||||||||
【3機編隊、快進撃】 | ||||||||||||||||||
対向するランナーはもう終わってしまった。しかし、ペースはまだ落ちていな い。いや、落ちないどころか、かえって上がっているような気さえする。実際 に時計のタイムは限りなく10秒に近い数字を連発してそのことを示していた。 | ||||||||||||||||||
この状況は、似ている。そう、2年前の防府だ。絶妙のペースで抑えた効果が 現れてきたのだ。…ついに、定刻の逆襲が、始まった。 | ||||||||||||||||||
既に折り返し過ぎたあたりから別大殴り込み艦隊はばらけてしまっていた。少 しずつではあるが、前のランナーを捕らえ、抜き去っていった。すると、自分 と同じ様なペースで走る2人のランナーに気が付いた。 | ||||||||||||||||||
ゼッケン360と175。当然面識は全くなかったが、ありがたく付いていくことと した。3人組の編隊飛行で、次々と前方のランナーを抜き去っていく。巡航速 度はキロ3:40前後まで上がっていた。 | ||||||||||||||||||
26kmの給水地点。ここでも今回一つ新兵器を投入していた。今までは、エネル ゲンを置いていたのだが、この26kmと31kmだけは趣向を変えて、カーボショッ ツの水溶液を置いた。カーボショッツ自体は前回新潟でも試したが、袋のまま ではやはり摂りにくかったので、水に溶かしてみたのだ。 | ||||||||||||||||||
作戦は、当たった。これなら飲みやすい。味はかなり独特だが、この際関係な い。即効性のあるエネルギー補給で、終盤の闘いに備えた。 | ||||||||||||||||||
再びJRの跨線橋に差し掛かる。もうここならいいだろう。妙見山モードを解 禁した。ストライドを狭め、回転数を上げる。3機編隊の先頭を引っ張った。 頂上を過ぎ、下って、水平に戻ると、また後方に待機。 | ||||||||||||||||||
JR北側の道路を東へ突き進む。ペースは相変わらず3:40を続けているのに、 全然苦しくない。まるで、私は、風になっているようだった。 | ||||||||||||||||||
【第1段ロケット任務完了】 | ||||||||||||||||||
もう30km地点が迫っていた。当初の予定では1時間51分30秒に通過だ。果たし て、実際のタイムは1時間51分06秒であった。言うことなしだ。第1段ロケッ トの任務は、無事完了した。 | ||||||||||||||||||
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30km以降も、ペースは衰えなかった。さっきの3機編隊は、まだ続いていた。 こうなったら、地獄の果てまで付いていってやる。 | ||||||||||||||||||
二度目の三田尻大橋、ここでも妙見山モードは健在だった。ひょっとして、本 当に2時間40分が切れるかもしれない。そう意識し始めた。しかし、意識した 途端、脚の疲労が気になり始めた。いったいあとどれぐらい保つのだろう… | ||||||||||||||||||
工場地帯の道に入り、沿道の応援はほとんどなくなってしまった。編隊を組ん だ僚機2名からも、少しずつ離されてしまった。しかし、前方に別のやや大き な集団を見つけたので、そこに追いつき合流した。 | ||||||||||||||||||
35km通過、2時間09分43秒。手元の表示は、残り2秒。キロ3:48に設定したデッ ドラインが、徐々に迫りつつあった。 |
◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ |
【哲学の時間(とき)】 |
36km、いよいよ苦しくなってきた。脚が、疲れてきた。ここは自分のスペシャ ルドリンクを置いた最後のポイントだ。取った。飲んだ。でも、やっぱりしん どい。36km地点はまだなのか… |
その時。 ピロピロピロピロ。 |
ついに、時計がアラーム音を発した。デッドライン、キロ3分48秒をオー バー。アラームは4秒間鳴り続ける。せめて鳴っている間に…。まだだめか …。まだか。まだか。 |
やっと36km地点を通過した。表示は6秒オーバー。キロ3:54。たったの6秒間 が、ずいぶん長く感じた。急激に、全身に疲れが回ってきたような気がした。 いかん、このままでは失速する。 |
「くりりんさん、ファイトっ!」 はっ、誰だ?!。自分を呼ぶ声が聞こえた。…みぃちゃん!! 沿道の観客がほとんどいない中、ここでの声援は、ありがたかった。 |
…そうだ。こんなところでくたばってたまるか。今まで何のために練習してきた というのだ。ここから踏ん張れなくて、どうする。 |
萎えかけていた気持ちが、奮い立った。止まりかけていた、第二段ロケットの エンジンが、息を吹き返した。作戦タイムはオーバーしてもいい。キロ4分を 維持すれば、行ける。 |
37km手前、またアラームが鳴る。5、6、7、8…いま。9秒オーバー。でも大丈 夫。まだキロ4分は上回っていない。そしてついに、残り5kmの表示が見えた。 |
……「マラソンには2つの我慢がある。前半飛ばしたくなるのを我慢することと、後半ペースが落ちるのを我慢すること。」 たっちゃんから聞いた話を思い出した。今日は前半うまく我慢できた。そうだ、今こそ後半の我慢の時だ。 |
……「マラソンは、30kmから始まる。30kmからのモチベーションが、全てだ。」 ブッちゃんは、常に30kmからの重要性を説いていた。師匠、今日の残り12.195kmは必ずしっかりと走り切ってみせます。 |
……「常に課題を見つけ出すことです。そしてその課題をどう克服するかを考え、練習するのです。」 確か、りかねんさんはそんな内容の話をしていた。今日は考え得る課題は全てつぶしてきたつもりです。もしこのまま走り切れれば、きっと誉めていただけますよね。 |
様々なランナーから聞いたことのあるアドバイスや、理論、体験談が走馬燈の ように脳裏をよぎった。私は何のために走っているのだろう。マラソンの神は この答えを見いだせた者だけに、最後まで走りきれる力を与えるのだ。 |
ついに、40km地点が視界に入った。既に毎回アラームは鳴っていたが、ギリギ リのところで踏ん張っていた。頼む、あと2km少々保ってくれ。 |
40km通過、2時間29分42秒。何とか、目標タイムを守った。第二段ロケットも 成功したのだ。あと10分だ。あと10分で、全てが終わる。 |
◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | ◎ | × | ◎ | ○ |
【未知の世界へ】 |
余程のアクシデントでもない限り、2時間40分は切れそうだと確信した。少し でも余裕を残しておきたいと思った。 |
既にペースはキロ4分を上回っていたが、今ならサブスリーペースでも大丈夫 だ。いや、キロ4:20かかっても大丈夫だ。 |
こんなペースでも、幾人かのランナーをぽつりぽつりと抜いてていく。彼らは 2時間40分を切れるのだろうか。もし可否の境界線が見えるのならば、教えて 欲しい…。早く、そのラインを突破して楽になりたい…。 |
競技場が間近に迫った。沿道にこの日4度目ぐらいになる、うずらさんらの応 援を発見。気合いで応えた。 |
「行くゾォーーーーォォォォッ!!!」 そうだ、切れるのではない。切りに行くのだ。気力を振り絞って、ペースを上 げた。 |
競技場に入った。トラックは4分の3周でいい。行ける。39分も切れそうだ。 でも、これ以上、ペースは上がらない。バックストレートで、2人ほどのラン ナーに抜かれた。 |
第4コーナーから、最後の直線へ。満を持して、最後のスパートをかけた。 「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーぁぁぁぁぁぁっ!!!」 ゴール。手元の時計では、2時間38分43秒。また、吼えた。 |
私は、2時間40分を切れたら泣くと思っていた。だが、不思議と、涙は出てこ なかった。むしろ気合いに満ちあふれていた。まだ、限界ではないということ なのか。そんな思いを胸に、控室へと歩みを向けた。 |
SPLIT LAP 0- 5k 0:18:30 18:30 5-10k 0:37:09 18:39 10-15k 0:55:53 18:44 15-20k 1:14:29 18:36 (HALF) (1:18:38) 20-25k 1:32:46 18:17 25-30k 1:51:06 18:20 30-35k 2:09:43 18:37 35-40k 2:29:42 19:59 40-GOAL 2:38:44 09:02 ------------------------記録 2時間38分44秒 順位 99位(完走351人中) |
選手控室の人影は、まばらだった。しばらくして、見知った顔が次々と帰還し てきた。が、思い通りの走りができたランナーは、意外と少なかった。私の結 果を聞き、皆次々と、祝福の握手を差し出してくれた。誇らしく思うひととき だった。 |
帰路の新幹線が早めの時間だったため、あまり長い時間競技場での余韻を楽し む間もなく、防府の地を後にした。 |
車内では、コンパートメントで杯を傾けながら、マラソン談義に花が咲いた。 ふと車窓に目をやると、瀬戸内の海に沈みかける、夕日。美しい風景が、いつ までも、いつまでも、印象に残っていた。 |